東京地方裁判所 昭和47年(モ)3244号 判決
主文
申立人、被申立人間の当庁昭和四七年(ヨ)第四五二号建築工事禁止等仮処分申請事件について、当裁判所が昭和四七年二月四日になした仮処分決定は、申立人が金一〇〇万円の保証をたてることを条件として、これを取消す。
訴訟費用は被申立人の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一 申立人
主文第一項掲記の仮処分決定は、申立人が保証をたてることを条件として、これを取消す
訴訟費用は被申立人の負担とする。
仮執行の宣言
二 被申立人
申立人の申立を却下する。
訴訟費用は申立人の負担とする。
第二当事者双方の主張
一 申立人の主張
(一) 被申立人は、申立人を債務者として東京地方裁判所に対し建築工事禁止等仮処分の申請をし、これによる同裁判所昭和四七年(ヨ)第四五二号事件において同裁判所は、昭和四七年二月四日、被申立人に二五〇万円の保証を立てさせたうえ、「債務者は別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築中の同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築工事を中止し、これを続行してはならない。」との仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)をなし、右決定の正本は同月五日、申立人に送達された。
本件仮処分決定は、本件土地を目的とする申立人、被申立人間の賃貸借契約の終了による被申立人の申立人に対する本件建物を収云して本件土地を明渡すことを請求する権利の実行を保全するためになされたものである。
(二) しかし、本件仮処分決定については、申立人が相当の保証を立てることを条件に、これを取消すべき次のような特別の事情が存する。
(イ) 本件仮処分決定が取消されることにより被申立人が被る損害は、本件建物が完成されると、本件建物の収去が、困難となり、収去費用も増加することである。そして、現在の建築中途の状況における本件建物の収去費用は金二四万円であるのに対し、完成後におけるその収去費用は金五一万六、〇〇〇円であるから、その差額である金二七万六、〇〇〇円が被申立人の被る損害となるにすぎない。したがって、本件仮処分の被保全権利は、金銭的補償によって終局の目的を達しうるものである。
(ロ) これに対し、申立人は、本件仮処分が存続することにより、少くとも昭和四七年一月から本件建物の完成に至るまでの間、一ヵ月金一〇万円の割合による損害を被る。すなわち、申立人は、従前、訴外八幡物産株式会社(以下訴外会社と略称することがある)に対し、本件土地上に存する本件建物と倉庫を、賃料一ヵ月金二〇万円で賃貸していたが、本件建物が昭和四七年一月二日類焼を受けたので、とりあえず本件建物内にプレハブの建物を構築するなど応急の措置を講ずるとともに、一部残存していた建物部分を利用して本件建物の復旧工事を行い、これを引続き訴外会社に賃貸することとした。そして、申立人は、昭和四七年一月五日、訴外会社との間で、申立人は、同年二月二一日までに本件建物の復旧工事を完成し、これと前記倉庫とを従前どおり賃料一ヵ月金二〇万円で訴外会社に使用させることおよび申立人が同日までに本件建物を完成して訴外会社にこれを使用させることができなかったときは、訴外会社に対し、本件建物を完全なものとして使用させえなかったため、昭和四七年一月三日以降に訴外会社に生じた損害を賠償する旨約した。ところが、昭和四七年二月四日に本件仮処分決定がなされ、翌五日に申立人にその正本が送達されたので、申立人は、同日、本件建物の工事を中止し、同月二一日までに本件建物を完成することができなかった。そのため、申立人は、同月二五日、訴外会社から、昭和四七年一月から本件建物が完成されるまでの間の賃料を一ヵ月金一〇万円に減額するよう要求され、これを承認せざるをえない事態にたち至った。右の次第で本件仮処分が存続することにより申立人の被る損害は甚大である。
(三) よって、申立人は、民事訴訟法七五九条により、本件仮処分決定の取消を求める。
二 被申立人の答弁
申立人の主張(一)の事実は認める。
同(二)の事実はすべて争う。
第三疎明関係≪省略≫
理由
一 被申立人が、昭和四七年二月四日、申立人主張の被保全権利の実行を保全するため本件仮処分決定を得、右決定の正本が同月五日、申立人に送達されたことは当事者間に争いがない。
二 そこで、まず、本件仮処分決定の被保全権利が金銭的補償により終局の目的を達しうるものか否かについて検討する。
≪証拠省略≫を総合すると、申立人は、被申立人からその所有の本件土地(昭和四五年度の評価による本件土地課税台帳登録価格は一四六五万二一二〇円である)を賃料一ヵ月金一万四〇〇円で賃借して右土地の東側部分に倉庫(床面積五五坪)を、その西側部分に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建車庫兼居宅(床面積一、二階とも四・五坪)をそれぞれ建築して所有し、これらを訴外八幡物産株式会社に賃貸していたところ、右建物は、昭和四七年一月二日、類焼を受けて焼失したこと(≪証拠判断省略≫)、そこで、申立人は、同月一〇日頃、本件建物の建築工事に着手し、同年二月五日までに柱を立て、屋根をふいたが、壁その他内部の工事には未だ殆どとりかかっていない状態で、同日、本件仮処分決定正本の送達を受けて右工事を中止したこと、申立人は、現在、代表取締役である申立人代表者のほか、専務取締役および会計係各一名の計三名で運営されている小規模な会社であって、その実体は申立人の個人企業に等しいこと、申立人は、本件建物を訴外会社に賃貸する約束をしていて、将来、本件建物が完成すれば、直ちにこれを同訴外会社に引渡すことになっていることがそれぞれ疎明される。そして、右事実関係からすると、申立人は、本件仮処分決定が取消されれば早急に本件建物を完成し、これを訴外会社に引渡すことは確実であり、さらにこれを同会社あるいはその余の第三者に譲渡しないとも限らないと考えられる。他方、弁論の全趣旨によれば、被申立人において明渡を受けた後の本件土地の利用について現に、具体的な計画を有するものでないこと明らかである。
被申立人が本件仮処分決定における被保全権利である建物収去土地明渡請求権を有するものとすると、右認定の事実関係のもとでは、本件仮処分決定が取消されることにより、被申立人が通常被ることあるべき損害としては、まず被申立人が本案訴訟で勝訴した暁に、本件建物の収去費用(但し、これは民法四一四条二項、民事訴訟法七三三条の規定により申立人に負担させることができるものであるが、申立人が無資力であれば、事実上被申立人の負担に帰する。)および収去に要する日数が、本件建物が現状のまま未完成である場合に比べて増加することによるものが考えられる。そして、≪証拠省略≫によると、昭和四七年二月八日現在の見積りで、現状の未完成のままの本件建物を収去するに要する費用は概算二四万円であるのに対し、本件建物が完成した後にこれを収去する場合は概算五一万六、〇〇〇円の費用を要し、概算で二七万六、〇〇〇円だけ収去費用が増加することが一応認められるところ、本案訴訟(≪証拠省略≫によれば、被申立人は、すでに申立人および訴外会社を被告とする本案訴訟を提起し、この訴訟は昭和四一年(ワ)第五四五〇号建物収去、土地明渡請求事件として当庁に係属中である。)の判決が確定するまでには、なお相当の日数を要し、その日時の経過にともない、右収去費用の増加額は一般物価、特に人件費の騰勢に鑑みさらに増大するであろうと考えられる。しかし、本件建物がさ程大きくない木造二階建事務所兼住宅であることからすると、本件建物が完成されても、その収去に要する日数そのものは、未完成の現況のまま収去する場合に比べて著しく増加するものとは考えられない。次に、前認定の事実からすると、本件仮処分決定が取消されると、申立人は、早急に本件建物を完成し、直ちにこれを訴外会社に引渡すであろうことは確実であるのみならず、さらにこれを右訴外会社その他の第三者に譲渡する可能性もないとはいえない。もし、このような事態になった場合には、本案をめぐる当事者の抗争は、本件仮処分決定が維持され本件建物が未完成のままである場合に比べて一層激しくなり、そのためその終局的解決が相当に遅れることが考えられ、その結果、申立人は、本件土地を利用しうる時期をそれだけ遅らされて種々の積極消極の財産上の損害を被るものと考えられる。
しかし、本件仮処分決定が取消されることにより被申立人が被ることあるべき損害の内容および程度が右に検討したとおりであってみれば、本件被保全権利は、金銭的補償をもって、その終局の目的を達しうるものと認めて妨げないというべきであり、したがって、その余の点につき判断を加えるまでもなく、申立人が、裁判所が相当と認める保証を立てることを条件として、本件仮処分決定を取消すべき特別の事情が存するものというべきである。
三 すすんで、申立人が立てるべき保証額について考えるに、本件仮処分決定が取消されることにより被申立人が被ることあるべき前認定の損害および本件諸般の事情を考慮すると、右保証額は金一〇〇万円をもって相当と認める。
四 よって、本件仮処分決定は、申立人が金一〇〇万円の保証を立てることを条件として、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎富哉 裁判官 青山正明 和田日出光)
<以下省略>